2013年10月12日

親父は静かに笑っている

先月、父が亡くなった。八十五歳だった。

四月に血痰が出たとかで医者にかかり、どうもおかしいというので大きな病院で検査を受けたのだが、そのときにはもう手遅れだった。
思えば、去年くらいから声が出にくくなったりしたり、予兆はあったのだ。そのとき詳しく検査していればわかったのかもしれないが、やはり同じだったろうという気がする。
歳をとるということは、体の機能が落ちていくことで、父の場合は病でそれが加速したに過ぎないような気もするのだ。

四月末には、恐らく急性肺炎を起こし見ていても辛そうだった。それなのに、大病院は検査検査であちこち行くところを指示するばかり。
倒れそうになり、ベンチに横になって始めて看護婦が診察室のベットに寝かせてくれた。
そして、検査の結果あと二日と言われてしまった。
結果的には、そのときは父は乗り越えてくれた。慌てたのは私のほうで、父はただ、たくさんやってくる親戚に眼を丸くしていただけだった。

一ヶ月入院し、介護の力を借りて退院。帰ってくると病院にいるときより元気で、やってくる看護婦は仕事が無いと嘆いたものだ。
それから、父は家のことなどを伝え、遣り残した仕事もしていった。
ほんの三ヶ月だったが家にいてくれた。
おいしいものも食べ、好きなお酒も少しだけ飲んだ。アルコールがどうも体に辛くなってきたときにはノンアルコールビールをまるでビールのようだと喜んで飲み、すきな鳥の塩焼きをほおばったりしてくれた。
私は、朝か昼にはそうめんを煮たり、おかゆを作ったり。
それでも世話をすることがいやではなかった。いつかくる別れのときに悔いを残さないように精一杯だったのだ。私たち家族はよく笑った。
きっと医者のいうことは間違いなのだ。きっと後数年いてくれるに違いない。だってこんなに元気だもの。そう思いたかったのかもしれない。

八月末に父は自力で立てなくなった。
食事を充分取ることも出来ず、筋力が無くなっていた。父をトイレに連れて行けるのは、私だけになった。父は、家族に迷惑を掛けたくないという思いからか再び入院を決意する。主治医との約束だった。体が思うように動かないというのは、辛かったと思う。おかしい、なんでや、動かんという寂しそうな言葉を私は聞いている。

病院にいるときの父はわがままだった。でも、きちんと説明すればわかるという患者だったらしい。どんどん子供に戻っていくのだという感じだ。
あれこれ持ってこいとか、週刊誌を買って来いというのは当たり前で、夕方に帰ろうとエレベーターの前に待っている時に、お父様が呼んでますと看護婦さんに言われることもあった。
主治医の先生にも、意識がなくなっていく時間が長くなり、それはまた赤ちゃんに戻っていくようではないかと話していたとも聞く。本当にそうかもしれない。
無理な延命処置は拒否すると言っていた。できるだけ自然に逝くのが望みだと。物が食べられなくなっていき、身体は衰弱していく。その代わりに脳からは、眠るような成分が出てくるらしい。そのようにして自分はなくなりたいと言っていた。それでも、生きることを諦めてはいなかったといえる。
知人のお見舞いで、叱咤激励された。その人も以前何ヶ月もベットに寝たきりだったそうだ。生きているうちは前向きに生きなければならないと感じだのだと思う。
それで、やり残していた原稿を書くきになったのだと思う。しかし、衰弱はひどく自分で原稿を書くことは出来なくなっていた。あれだけ達筆だった字は、力の無い文字になっていた。
私は、ICレコーダーを買って、父にプレゼントした。声も出にくくなってはいたが、まだ、字を書くよりはましだった。それで父は最後の原稿を口述筆記で書き上げたのだ。
声を私が文字にして、父に見せた。
父は自分の言葉が文字になったことに眼を丸くしつつ、喜んで校正したものだ。この調子なら、まだ数ヶ月いてくれるんじゃないかと思ったものだ。

最後の原稿を書き上げた翌日、父は朝に一度意識をなくす。私たちはあわてて親戚に連絡をし、集まった。父が入院して半月あまり、九月の半ばだった。
それからしばらくして、父はのどの痰を看護婦さんにとってもらうと、びっくりしたように意識を取り戻した。

私たちはみんな集まっていた。意識が戻ったことがうれしかった。
父は、震える指で「ありがとう」と書いてくれた。私たちも一人一人今までありがとうと伝えていた。みんな、これで最後だと知っていたのだと思う。
来客もあったが、父は笑顔で応対していた。
声こそ出なかったが、笑顔でうなずき、満足そうだった。それはどんな言葉より雄弁だったとおもう。今にして思うと、父はまったくしゃべっていないのに、父の言葉が、父の声でその場所にあったように思えるのだ。
父はその後もテレビが見たいともいい、シャーベットを食べたいとも手振りで伝えてくれた。
また、きっと大丈夫だろう。そんな空気だった。病室は笑いが一杯だった。危篤なんて何回かあるもんだ。
誰もいなくなった時、父は私に「気を使いすぎるな」と書いた。「おれはもう死んでいる。天国にいる」と。
私への最後のメッセージだったと思う。
自分は死んで天国にいるのだから、気にするな。お前はお前らしく生きていけばいい。
たとえどうなろうが、私はもう気にすることじゃない。生きているお前が、お前の思うように生きていけばいいんだ。
私はそう書いてくれたのだと思っている。
夕方、私は家に一旦戻ることにした。まだ大丈夫そうだとも思えたし、子どもや食事のこともある。
あとで母を連れてくるからねと父に告げると、ちちは心から嬉しそうに笑って頷いた。私が見た父の最期の笑顔。

父は宗教家である。
上の姉が、夕方にその宗教の歌を口ずさむと、父は手で踊ったそうだ。間違えると手でバツじるしを作り、間違えずに歌うと、姉の手を力強く叩いたそうだ。それでいいんだよと。
そして、私が母を連れて病室にもどると、その歌を母が引き継いだ。父は呼吸もあらく具合が悪そうだったが、姉はまだ大丈夫と判断していたらしく、食事をとりに家に向かった。
母の声の中で、父はゆっくりと息をしていた。
そして、歌が最後まできたときに、ふと呼吸が止まったのだ。
ぱたぱたと看護婦がやってくる。
まだ大丈夫。
少し呼吸が戻る。
私はすぐに姉たちに戻るよう電話した。

私は何度も父に呼びかけた。その度、父は大きく息をした。
そして姉たちがやってきた。
姉の悲しそうな声が聞こえた。もう苦しませないで。楽ににしてあげて。
私が呼びかけをやめると、父はゆっくりと心臓を止めた。
看護婦が心電図を持ってくる。医者が何かのドラマのように父の目にライトを当てる。
父は眠る様に亡くなった。
病でひどく苦しむことも無く、体が衰弱していくに任せ、笑いながら死んでいったと思う。
そして、生前望んでいたように、みんなにありがとうありがとうと伝えながら最後を迎えた。

私たちは、来るべきものが来たと思っていた。
悲しくはあったが、覚悟していたぶん、納得は早かった。でも、寂しさは堪えられない。私は、よく泣いたと思う。


死とは何か。
それはわからない。
父が好きだった黒澤明が八十歳のときに監督した『夢』という作品がある。その中で最後のエピソードが水車村だ。その中で、老人が言う。
「葬式とは本来めでたいもんなんじゃ。よく生きて良く働き、ご苦労さんといわれて死ぬのはめでたい」
「生きるというのは苦しいとかなんとかいうけれど、そりゃ人間の気取りでね。正直生きているのはいいものだよ」
その言葉どおりかもしれないとも思う。精一杯生きてきた事がわかる人の死は、めでたいのかもしれない。ご苦労様といい、ありがとうと見送る。
だけど悲しいのは、もう会えないという寂しさからだ。
それは残されている者の感情であって、死んだものの感情ではないような気がする。だから、通夜をし葬式をし、死後により良く生きていくことを望むのだろう。

父が亡くなって三日は戦争となった。悲しむ間も無い。ただただ忙しい。その忙しさにすくわれるのだ。
そして、何週間も忙しい。事務的なことがあれやこれやと控えている。それをこなすだけでも消耗するのだけれど、悲しむ間も無い。
そして、仏式なら四十五日、神式なら五十日祭となる。その頃になれば、人がいなくなった隙間を埋めることが出来るような気がする。
そして、一年や、三年や、五年が経つ。
そして人がいなくなる隙間を埋めていくのだと思う。死んでいる人は、文句をいわない。時間は生きている人に必要なのだ。私達は、そうして少しずつ人がいなくなったことに慣れていく。
私はつねづね葬式は生きている人に必要なのだと言ってきた。そして、それは自分自身の事となってやはりそう思うのだ。
親父はもう死んでいる。そして残された者がしっかり生きていくことを願ってているはずだと。
いなくなった寂しさを癒すために、私たちは葬式をし、人間関係をうまく作っていくために葬式をするのだと思う。
親父はどこかでそれをニコニコと見ているのかもしれない。
親父は良き人生を送ったと思う。
決して金持ちでもなくどちらかと言えば貧乏で、ものすごく人に称えられたわけでもないけれど、良き友人に恵まれ、日本中を飛びまわり、色んな人の心に言葉を届けていた。そして、よく食べ、よく学び、よく働き、よく笑っていた。
死ぬときにはなにも持っていくことは出来ないけれど、私たちの心には充分過ぎるものを残してくれたのだ。
すべてをやりきったのだと思う。それはきっと、めでたいことなのだ。
そうかねと、遺影に向かってみる。親父はただしずかに笑っている。

 


posted by まっちゃん at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

機の音

 「ここが、隆司の故郷なんだ」
 紀美子は、改札口を出るとあたりを見回した。
 鯖江駅は閑散としている。特急電車から降りた人々が、足早に消えていく。東京なら絶え間ない人の流れがあるものだが、ここにはそれはない。代わりにあるのは、なんだか不思議な空気だけだ。
 迎えに来ているはずの隆司の姿はない。ため息まじりに携帯電話を取りだしたときだった。
 「あのう、紀美子さん、ですよね」
 ショートカットで白いシャツとジーンズの女の人が笑って立っていた。三十代のちょっとした美人。
 「ごめんね。うちの弟が、急な仕事が入って来られないんだ。かわりに行ってくれって、泣きつかれてさ」
 「あの、隆司くんのお姉さまですか」
 「はい。兄嫁です。田舎でびっくりしたでしょ」
 笑顔の下に、面白がっている響きがあった。

 隆司と知り合ったのは二年ほど前だ。ある小さなライブで、意気投合した。彼は地方の会社の東京支社に勤めているサラリーマンで、なんだかかわいかった。
 週末になると、仲間と終電まで騒いだものだが、1年ほどたつと、いつの間にか隆司と紀美子の二人だけが落ち合うようになっていた。
 絵にかいたような、恋愛パターン。
 いずれは二人で暮らすようになり、週末は小さなライブで拳を振り上げ、大笑いするのだろう、そんな風に紀美子はぼんやりと思ってはいた。
 
 田舎に来てみないかと隆司が誘ったのは、紀美子の二十六歳の誕生日だった。
 小さくしゃれたレストランを探し出してくれて、高そうなワインを傾けていたときだ。
 「ちょっと観光旅行の気分でさ」
 彼は、ワインを見つめながら言った。
 「えっ、どうして」
 「いや、べつに理由はないけどさ」
 「えーっ、なんかあやしい」
 まず浮かんだのは、彼の両親に挨拶をするということだ。でも、まだ早いと思う自分がいる。
 「あたしんちは、東京だけどふつーの家で、いつもお母さんは世間様、世間様って、お父さんにいつも言ってて」
 「なんか、わかるな」
 「わかる? あたしさ、お母さんを見て育ったけど、お母さんみたいにはなりたくないって思ってて」
 やんわりとした、牽制。
 「いいんじゃないの。キミちゃんは、キミちゃんで。おかしいことは、おかしいって言えばいいんだよ」
 「じゃ、どうして、田舎に呼ぶわけ?」
 「それは…」
 隆司はワインをぐっと飲んだ。頬がしだいに赤くなってくる。
 「まぁ、見せておきたいんだよ。俺が育ったとこ」
 「本当にそれだけ?」
 隆司は口ごもるように、それだけと答えた。

 軽自動車は軽快に走っていく。車の流れはよどみない。
 「にぎやかなところはあまりないかな。西山公園はつつじがいっぱいで、ゴールデンウィーク中はにぎやかだけどね。レッサーパンダもいるよ」
 お姉さんは、嬉しそうにしゃべっている。
 紀美子はなんだか緊張していた。
 車は、二つの山の間にかかっている大きな橋の下をくぐっていく。
 「まぁ、眼鏡枠の生産日本一と、越前漆器の産地。そんなところ。観光案内終わり」
 なんだかおかしかった。
 「それだけですか」
 「そう。そんなもんかな。私も嫁に来た時はびっくりしたの。デパートもないし。まァ、本当は、いいところはたくさんあるんだけどね。いいお店や、いろんな活動も盛んだし」
 ふと、遠くを見渡せるところがあった。工場が見え、遠くに山々が見える。
 それは、東京で見る景色とはまるでちがう。
 「で、どうですか。お嫁さんになるの?」
 「えっ?」
 お姉さんは、にっこり笑って紀美子をちらりと見た。紀美子はドキッとした。そういう話になっているのかもしれない。
 「まぁ、ゆっくり。でも、隆司はそうも言ってられないかもね」
 「えっ、どういうことですか」
 「本社に戻って来いといわれてるのよ。でも、キミさんみたいな彼女もいるんだし…」
 「本社ですか」
 「あれ、ぜんぜん聞いてない? まぁ、知らないところに飛ばされるような会社じゃないからね。生まれたところに戻って来いと言うだけだから」
 「そうですか…」
 隆司はこちらで暮らせないかと、思ったのかも知れない
 「ごめん。ちょっと付き合ってくれる」
 お姉さんは、小さなビルの後ろの駐車場に車を止めた。鯖江市繊維協会という文字が見える。
 「ここはね、石田縞手織りセンター」
 「石田縞?」
 「以前から予約してあってね。しばらくつきあってくれる? いいところだから」
 お姉さんは、事務所に顔を出すと、そのまま階段を上っていく。紀美子はその後をついて行くことしかできなかった。
 三階の重そうな扉を二つ通り抜けると、目の前がぱっと明るくなる。大きな部屋に、いくつもの機織り機が並んでいる。
 織り機を触っている人がいる。指導員さんだという。品のよさそうな人だ。
 「石田縞はね、江戸時代の終わりごろに、鯖江で織られていた綿織物なんだよ」
 お姉さんが教えてくれる。
 「で、当時としては最先端の織物だったわけ。いろんな学校の制服にも採用されて」
 そこのパネルを見るとわかるわよ。と指導員さんが教えてくれる。パネルを見ていると、手の空いた指導員さんが来てくれた。
 鯖江市は繊維の町でもあったという。昔は繊維工場があちこちに立ち並んでいた。石田縞は、江戸時代末期に織られていた織物で、工場生産の走りだったのかもしれない。今でも、鯖江には大きな繊維会社がある。
 「昔は、どこの家庭でも、自分の家で使う分は自分の家で織ったんですよ。着るものから、布団地までね。織り物が出来なければ、嫁にもいけない時代があったんです」
 女性が、一生懸命に家庭を支えていた時代。それが当たり前の時代。ふと、紀美子は自分の母親を思い出した。
 「あなたもちょっと織ってみますか」
 指導員さんはそう言ってくれた。
 
 織り機の木の椅子に座る。目の前には、縦糸がぴんと張られている。上下に分かれた糸の間をシャトル(ひ)を通していくのだ。
 シャッ
 そして、「おさ」を手前に引いて、糸をまとめる。布がほんの少しずつ出来上がる。
 パタン。パタン。
 シャトルが糸の間を通る時の音は格別だ。
 「慣れれば、すぐに織れますよ」
 シャッ、パタンパタン。
シャッ、パタンパタン。
 時を忘れてしまいそうになる。
 ふと気がつくと、お姉さんが立っていた。
 「気に入った?」
 紀美子は、ほほ笑みながらうなずいた。
 「良かった」
 お姉さんが隣に座る。
 「私ね、趣味で古い写真を集めているの」
 お姉さんが言う。
 「不思議なんだけどね。けっこう女の人ってみんな幸せそうなんだよ。家を支えて、誇らしくて、きらきら笑ってて。つらいなんて思ってないじゃないかって気がするの。いつの時代も、どこでだって、本当は同じじゃないかな」
 なんだが分かるような気がした。
 「男なら男のできること、女は女のできることをしてきただけなんだろうなぁって。それはいつの時代でも、どこの土地でも同じ」
 シャッ、パタンパタン。
幾つもの糸が、震えて音を奏でていく。
 それは、心の深いところにしみてくる。
 唄いながら、女は機を織る。男は、汗をかき糸を運び、糸を染める。
 そこには、なんのこだわりもない。ただ、布が織られるように、日々が織りあげられていく。ただ、それだけのことなのかもしれない。

 隆司が現れたのは、体験を終えた紀美子が指導員さんとお姉さんとで笑いあっているときだった。
 「ごめん。申し訳ない。どうしても、今日じゃなきゃ駄目だっていうお客がいてさ」
 隆司があせっているのを見て、お姉さんがくすくす笑っている。
 「明日はどこかへ連れてくから」
 「おまかせ」
 紀美子は言う。
 「でも、どこでもいいよ。どこでも私は私って、笑ってられそうな気がするしね」
 不思議そうな顔をしている隆司を見て、紀美子と姉は顔を見合わせて微笑んでいた。

************************************************************

こいつも鯖江近松文学賞に応募した作品。
どっち方面で書けばいいのかわからず、ビジュアルにしたら面白そうかなという方向で。
でも、単純に恋愛小説じゃないので、条件をクリアしてないんだよね。
でも、1次は通ったそうです。
posted by まっちゃん at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

140文字の恋

 男の子に追いかけられた思い出がある。
 小学校五年生の時だ。学校の帰りが遅くなった日、後ろからクラスメートの男の子がついてきたのだ。それも大声で歌を唄いながら。
 とても恥ずかしかったのを覚えている。
 そして今、自分は歌を唄ってはいないけど、同じようなものかなとも思う。
 加奈は携帯電話を見た。ツイッターでは、彼はここにくるはずだ。西山公園。
 加奈は噴水の後ろから、つつじの木々の間を通ってレッサーパンダのいる小さな西山動物園前の道路に出た。
 西山公園は「日本の歴史公園百選」に指定されている公園だ。春には桜や五万株を超えるつつじが咲き乱れ、観光客でにぎわう。しかし、それ以外はお散歩にちょうどいいのどかな公園なのだ。
 加奈は動物園から少し下がった広場を目指した。ここには「結びのチャイム」というピラミッドのようなモニュメントがあり、恋人同士が小さなハート型の愛のピースを紐に結び付けていく。鯖江のメガネ技術で作られた、いつまでも朽ちない金属チタンで作られたハート。
 加奈はまた携帯電話を見た。彼はここに来るはずだ。
 
 ツイッターは携帯やパソコンで使われている百四十文字を投稿するツールだ。お互いに気に入った者同士が好きなことをつぶやき、それを楽しむものだ。また、誰かのつぶやきを一方的に読むことも出来る。
 加奈は、その中で『ブレイド』という名前の人が気になっていた。
 最初は「おはよう」と返してくれたのが始まりで、相互フォローするようになったのだが、彼とはなぜだか話が良く合う。
 テレビを見ていて気になることをつぶやくと、彼も返してくれる。ああ、同じ番組を見て同じことを考えているんだなと思う。それだけで親近感がわく。
 彼の本名も住所も知らない。公開していないのだ。顔も年齢もわからない。自分も同じようにしているから、不思議ではないけれど。
 そのうちに彼のつぶやきを待っている自分に気がついた。それは、普通の生身の人間が繋がるより濃い関係なのかもしれない。
 私は彼に恋しているのかもしれない。そう思う。それを確かめたい。
 こう書いたら彼はなんと返してくれるだろう。彼の言葉にどう返したらいいのだろう。いつもそう考えている自分がいる。

 結びの広場には、一人の男性が立っていた。
 どきどきした。携帯で読んだつぶやきでは、彼はここにいるはず。彼に違いないと思う。
 ブレイドが近くに住む人ではないかと思うようになったのは、渋滞に巻き込まれた時だ。
 『渋滞なう。八号線で事故らしい』
 そのつぶやきを見て、彼が近くにいると感じたのだ。
 まちがいなく、近くの車の中にいる。動きそうもないので、つい携帯をいじったのだ。
 帰ってからパソコンで彼の過去のつぶやきを見てみた。西山公園や知ったお店の名前が出てくる。
 彼は、近くにいる。そう思っただけでどきどきした。
 そして、今日、彼は午後三時に結びの広場モニュメントにくる。目的はわからないけれど、そう書いてあった。
 彼がきっとそうだ。
 ブルーのシャツにジーンズ。手にはジャケット。自分よりちょっと年上で、なかなか好い感じの青年。
 加奈は、入り口近くにあるベンチに腰を下ろして彼を見ていた。
 彼は、ちらちらと携帯電話を見ている。つぶやきをしているのかも知れない。
 どうしよう。自分は「カナりん」という名前ででつぶやいている者です、と声をかけるべきか。驚くだろう。笑ってくれるだろうか。
 「よし」
 声をかけてみなければ、何も始まらないではないか。加奈がたちあがったとき、走ってきた女の人がいた。
 「ごめん。待ったぁ」
 かわいい人だった。
 男の人がうれしそうに、笑っている。この人はこんな風に笑うんだと思う。
 「これ買ってきたよ」
 ハートのピース。そうか、そういうことなんだと加奈は思った。
 ぼんやりと見ていると、二人はピースに何か書きこみ、モニュメントの前の紐にピースをくくりつけている。
 お幸せに。加奈はそう思った。
 どうやら、顔も知らなかった男に失恋したらしい。そして、そのことは誰も知らない。
 勝手に恋をして、勝手に失恋しただけ。
 広場を風が渡っていく。遠くまで見渡せる広場だ。きっと夜にくれば素敵に違いない。
 今になってそんなことに気がついた。

 「加奈じゃないの。どうしたの」
 呼びかけられて振り向くと、同級生の美由紀がいた。他に同じ同級生の男の子が二人。
 「久しぶりじゃん。って、どうしたの、なんか暗いけど」
 半年ぶりの再会だったが、美由紀は何も変わっていない。たった半年なのになんだか幸せそうだ。
 自分がなんだか小さく感じる。
 先ほどの二人が近くを通り過ぎた。加奈は、黙ってその後姿を見送った。
 「いいんだ。大丈夫」
 「そう」
 美由紀は、笑みを浮かべていった。
 「隆二は知ってるよね。片山隆二君」
 加奈は、頭を下げた。
 「あたしら、結婚するんだ」
 「えっ」
 どちらかといえばさえない感じで、学校でもあまり目立たなかった印象が強い。それが今は、たくましい青年だ。
 「すごーい」
 うれしそうに美由紀はうなずいた。きらきらして美しく見える。
 「それでなにかしたくってさ。そうしたら吉田君がここの事を教えてくれてさ」
 「ふうん」
 「あれっ、加奈と吉田君って近所だよね」
 「そうだっけ」
 小学校の思い出が蘇る。唄を歌いながら追いかけてきた張本人だ。あれ以来、なるべく顔は合わさない。そうしているうちに、近所だったことも忘れていた。
 「じゃーん」
 美由紀は、小さな愛のピースを見せてくれた。
 「これをつけようと思って。吉田君は、立会人兼カメラマン」
 吉田が照れくさそうに笑っていた。

 結びの広場から見える風景は、なかなかのものだ。遠くに日野山が見える。手前は、小さいながらも、住み心地の良い故郷だ。
 風が渡っていく。
 「どうしてここにいたの」
 真由美が尋ねた。男どもは、たわいも無い冗談を言い合いながら、鐘のところで遊んでいる。ここは、女だけの秘密の会話だ。
 「うーん。実は、ある人がここに来るって聞いて。どうしても顔が知りたくて」
 「えっ、それなに。どういうこと」
 加奈は、今まで事をしゃべった。
 「なるほどね。それが、さっきのカップルかぁ」
 「いいんだもう」
 加奈は携帯電話を取り出した。
 『ブレードさん。素敵な彼女ですね。お幸せに』
 最後に打ち込んで携帯を閉じる。
 そのとたん後ろで声がした。
 「なんだこれ」
振り返ると、吉田の携帯電話を隆二が覗き込んでいる。
 「俺、彼女いないんだけどなぁ」
 吉田が、携帯に文字を必死に打ち込んでいる。とたんにブレードの言葉がツイッターに現れた。
 「えっ」
 加奈の声に吉田がふと顔を上げる。
 「もしかして、ブレードって…」

 動物園のレッサーパンダの動きはかわいい。加奈は吉田と並んでそのしぐさを見ていた。真由美は彼氏と、少し離れたところでなにか笑っている。二人から見られている気がした。
 「俺、吉田健だからKEN。だからブレード」
 「なるほどね」
 「おまえが、カナりんか。なんか会いたいなぁって思ってたよ」
 「私はどうかな。吉田君。小学校のこと覚えてる? 唄いながらついてこられて私すごくいやだったんだけど。」
 「だってしょうがないよ。先生に守ってやれって言われてたんだもん。何でも不審者が出たらしいから送っていけって。俺恐いからさ、唄でも歌えば大丈夫かと思ってさ」
 「えっ、なにそれ」
 なんだかおかしかった。そんなことだったんだ。追いかけられたのではなく、守られていたのだ。
 彼は、それからぽつりと言った。
 「だって、あの頃から、おまえの事好きだったから、照れくさくってさ」
 えっと思って加奈は彼の顔を見た。彼の顔は見る見る赤くなっていった。

************************************************************

鯖江の近松文学賞に出品してみた作品。
もっと情緒あるものが良かったか。
posted by まっちゃん at 08:39 | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月28日

かみさまかみさまかみさまっ

かみさまかみさまかみさまっ そう思う。
これからも、たびたびそう思うのだろう。

来週、親父が入院する。
それでもう、住み慣れた我が家には帰ってくることができないだろう。
ゆっくりとひとりで死に向かっていく。

不肖の息子でごめん。頼りない息子でごめん。
心からそう思う。でも、その言葉を伝えられない自分もいる。

深夜0時30分。
親父の呼び出しのベルが鳴る。おふくろの枕元。
トイレにおふくろがずっと付きそう。一人ではもう歩くことさえできない。

「すまんな」と親父がいう。
おふくろが甲斐甲斐しく世話をする。
「あんたがいたおかげで、なにもかもうまくいったんだよ」
おふくろが感謝を伝えている。
眠れなかった僕は、遠くで二人のやりとりを見ていた。
入ることのできない、ほんのひととき。

ああ、かみさま かみさま かみさま
そう思う。

世界では沢山の人が亡くなっている。今この瞬間にも。
自分で命を絶つ者も、病院で息を引き取る人もいるだろう。若い人も年寄りも。
もっと生きたいと願った人もいるだろう。
あの人と比べればなんて言葉は、実は無意味なんだなと思い知らされる。
たった一人の家族の命に、私達は涙する。
それは、遠い戦争よりもリアルで、
どんな悲しみよりも深い。
それは、結局誰にとっても同じに違いない。

そひの悲しみにゆっくりと慣らされ
やっと私達は心からありがとうといえるのかもしれない。

今年の4月、親父は血痰を吐いた。
診察の結果、肺がんであることがわかる。
ただ、見つかりにくいところにあったため、すでに手の施しようがないかもしれなかった。
紹介を受けて、大きな病院で検査。
余命半年と言われる。たちの悪い癌だと告げられる。
4月末に親父倒れる。体が動かない。
軽い脳卒中だったのだろう。
検査の影響かもしれない。
大きな病院に緊急入院。あと2日と言われる。長くて1周間。
親父が好きだった人達にとにかく来てもらった。
そして、1週間が過ぎ、長い長い1ヶ月が過ぎた。
そして、退院。完治ではなく、緩和ケアとして、家で最後のひとときを過ごすため。
余命1ヶ月と言われる。

家に帰った親父は、みちがえるほど元気だった。
書斎にベットをしつらえ、そこで寝起きの生活が始まる。
ノンアルコールビールを飲み、ステーキを食べた。
私が煮たそうめんを食べ、うなぎを食べ、小さな缶ビールも飲んだ。
来客にも冗談をいい、やってくる看護婦にもいろいろと本を薦めた。
時には台所に立ち、好きな料理を作ったりもした。

そうして、少しずつ食べるものが減っていき、歩けなくなっていく。
食べるものもおかゆになり、今はちっぽけなジュースとヨーグルトが喉を通るだけだ。
体重はヘリ、身体は枯れ枝のようになった。
夜は眠れずに過ごしている。

幸い、がんの痛みはないらしい。
ベットに入ることであちこちに痛みがある以外は。

次に病院に入ってしまったら、出てこれないのは親父も知っている。私達も知っている。
私達は、ぎりぎりまで家にいてほしいと願った。
でも、親父は、再び病院に入ることを望んだ。
もうゆっくり眠りたい。
家では無理でも、病院ならそれができる。
なにも考えずに過ごしたい。
でも、もう帰っては来れないのはわかっているのに。
ぎりぎまで我慢してきたのだ。
「もう、楽にしてあげよう」と姉が言う。「ここまで頑張ってくれたんだもの」
姉の目は、涙で腫れていた。

それが今日までの話。
私は眠れずに、パソコンに向かっている。
子どもたちや、親戚に声をかけなきゃとぼんやりと考えながら。
現実ではない時間を漂っている気がしている。

ああ、かみさま かみさま かみさま
そう 思う。



posted by まっちゃん at 02:10 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月17日

電脳メガネから考える

昨年、某地方都市で行われた電脳メガネコンテストに応募したら、プレゼンをしてくれと言うので公開プレゼンに挑んだことがある。
結果は、惨敗。
地方の観光・商業と、カードバトルを融合させて、何度でもいろんなところを観光しつつ、名産を安く買えたり、珍しい話が聴けるようなシステムを、観光客や地元が手を結んでつくるというものだっのだが、理解されなかった。これは、スマートフォンでも転用できますよと言ったのだが、それがむしろだめだったらしい。
最初に審査員の偉い先生は、電脳メガネならではの仕掛けが欲しいと言ったのだが、そんかなことは応募条件には書かれていないし、その発想こそが日本の携帯電話をガラパゴス化していった一要因のように思えるのだ。
結果、私が思いついたことなどはだれでも思い付けるらしく、スマートフォンアプリで、観光地案内程度のものは実現されている。そんなものだ。ただ、それだけじゃつまらないのだけどね。

つまるところ、コンピューターはコンピュータだ。
スマートフォンだろうが電脳メガネだろうが、結局は同じようなものだ。それを独自にこだわるからおかしくなる気がする。
今のスマートフォンだって同じだろう。結局、電話は電話機能とメール機能さえあればよく、あとは7インチか10インチのタブレットを持っていれば済むと考えれば、なにもスマートフォンにする必要はない。
むしろ、ネットならばある程度大きさがあった方が使いやすいかもしれない。アプリも、スマートフォンに特化する必要はなく、どんなタブレットにも対応した方が利益率も上がるという気がする。
電話・メール、ネットはそれぞれに特化していくものが生まれる気がする。そこに全部は必要ない。
例えば、腕時計端末があったとして、それが画質にこだわる必要はさほどない。クリアであっても映画を見る気にはなれない。それならタブレットで観た方がいいわけだ。テレビ電話とメールが出来れば便利なのではないのか?

電脳メガネに似たものは日本でもとっくの昔に開発されている。
メーカーによると、きれいに見えることをこだわったらしいのだが、あんなぶ格好で巨大なものをつけて歩く気にはならない。自宅で映画を見るときには使えるだろうが。でも、眼鏡をかけていると使えないし、第一にかっこ悪い。それにつきる。
グーグルグラスを日本のメーカーは解像度が悪いとか、実際はもっと見えにくいとかいろいろ評価したけれど、売れるのはグーグルグラスだろう。
映画を見たけりゃたタブレットを出せばいい。
後は、それに対応して使いやすいソフトがあればいいだけだ。例えば、グーグルマップはパソコンでも重宝するが、小さくてもわかりやすいバージョンがあればグーグルグラスで重宝する。これから試作機のフィードバックでもっと進化するだろう。実際に、これはもう手放せないという声さえ聞く。

たぶん、グーグルグラスは、普通のメガネに上に取り付けられる多様なアタッチメント化するとか、両目をカバーして疑似3D対応とか、左右で情報を別々に表示するとか、必要な時だけスクリーンが出るとかの進化を遂げるのだろうな。
それでも、STYLEはいいと思う。

日本は、もっと考え方を割りきった方がいいと思う。そう思えてしまうのだ。機能満載よりも、いかに日常で使えるかだと思うのだが。

posted by まっちゃん at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月02日

新耳袋 第四夜「八甲田山」について、あるいは「カシマレイコ」考

現代の実録怪談集である「新耳袋」は私の好きな作品である。ひまなときには何度も読み返したりしている本の一つだ。この本は実際に怪異を体験した方から話を聞いてまとめられた実話集であるという。中には、著作者が体験したエピソードも収められている。
有名だけあってか、どこかの割と有名な子供向け創作怪談集に堂々とパクられていることも見つけたこともある。パクる作家も作家だが、それを調べもせずに出版する出版社も出版社だと思うのだが。。まあ、それだけさまざまな話が網羅されているから似たような話になってしまうのかもしれないが。。(しかし、全てそっくりだったので、似ているよ言うより、パクリだな。でも怪談話が広まることであえて新耳袋が目をつぶっているだけかもしれないが。)
その中でも第四夜は、けっこう有名な「山の牧場」といわくつきの作品である「八甲田山」が収録されている巻でもある。
この「八甲田山」を読んで、おやっと思ったことがある。

「八甲田山」はその前の巻までで、文章になるまで様々な怪異があったことが記されている。
取材者に話を聞くのにテープレコーダーで録音するのだが、取材者の話だけ音が録音されていないとか、代わりに著者が覚えている話を語るとテープレコーダー自体が壊れてしまうとかだ。
あるいは、フロッピーディスクが壊れたり紛失したり。それで、結末まで書かないということでようやく陽の目を見た作品である。
しかし、このエピソードを読んで「この話は知っている」と思ったのだ。
怪異の始まり、きっかけはまるで違うのだが、中心となる話は現代の都市伝説のひとつである「カシマさん」あるいは「鹿島レイコ」の話とよく似ているのである。
「鹿島レイコ」の話は様々な形を持っている都市伝説だ。おおむねの筋はこうだ。昔の事件や事故の話を聞く。すると電話や夢に幽霊が訪れ、体の一部をよこせという問いかけがあるというものだ。正しく答えないと、体の一部を奪われてしまう。あるいは「鹿島さん」と唱えると消えるとか言われている。鹿島レイコという名前であったり、それが呪文であったりしているわけだ。
最近ではテケテケにまでなったということになっていて、いくつも進化している話である。
ある意味、オーソドックスな都市伝説、あるいは怪談話なのだ。
これを専門に研究している人もいて、古くは1970年代にこの話は登場するらしい。いろんな怪談話というか都市伝説が交じり合っている。
私は1978年頃にこの話を聞いている。成立はもっと古いだろう。もっとも名前は「キジマ」さんであり、その話を聞いた者に少女の霊が現れるというものだ。いくつかバージョンがあるらしいのだが、私の聞いた話は踏み切りバージョンである。
実は、80年代に東京で散々この話をした。バイト先の仲間内での怪談会であったり、当時かかわりのあった作家・編集者にも話した覚えがある。「怖い怪談話がないか」と聞かれて「実は、先輩からこっそり聞いた話なんだが」と始めるのである。そして、最後には「聞かなきゃよかった」と言われ、それから数日間は「いよいよ明日だね」とか「でてきたか」と聞くのである。中には、「今日は徹夜で起きてるよ」と言われた事もある。
その後、ある有名作家が何かに「カシマ」さんの話を何かに書いて、結構広まったようだ。その話を聞いたとき、私が話したものが元になっているのではと思えたのだが、実際には東北や北陸などに広まっている怪談話で、全国各地によく似た話があることがいまでは分かっている。

実は「八甲田山」もまた、この手の怪談の派生したもののようなのだ。日本兵バージョンに近い。もちろん結末は書かれてはいないということなのだが、どうなのだろう。話の内容は現代のものなので、これが元ということはありえないと考えるのだが。
この話の下敷きは「カシマレイコ」であり、私の聞いた「キジマさん」のお話なのだ。
もし、これらの都市伝説の派生したものであれば、そこまで取材者に怪異はおきそうにないと思うのだ。でも、現実に怪異がおきているとしたらどう考えるべきなのだろうか。
「かしま」さんの怪異は、現実におきている生きている話かもしれない。そこまで現実に「怪」が発生しているのならば。
そんな風に思えてしまう。どうだろうか。




posted by まっちゃん at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月05日

No63 居場所


 ベース音が身体を揺らす。気持ちのいいリズムが全身を包んでいく。アマチュアバンドとの大きな違いはこのリズムの維持なのだと思う。意図的に崩すこともあるが、それはそれで心地よい。
 達実は架空のギターを架空の指先で弾いてみた。架空の音が気持ちよく流れ出す。
 ジッポーのふたをかちりと開ける。フリントホイールをじりじりと回す。発火石がかりかりと小さな音を立てて、ぽっとオレンジ色の炎が揺らめいた。
 口にくわえたショートホープで炎を吸い込むと、ジッポーオイルの香りがした。
 Bbの中が、オレンジ色に染まる。
 ちらちら光っているのは、CDチェンジャーのイルミネーションだ。白と青の光がはね回っている。
 達実は倒していたシートから、身体を起こすと灰皿を引き出して、ぽんぽんとたばこの灰を落とした。
 外には、最近よく見かけるステップワゴンが見えた。どこの誰かは知らないが、彼もまた車の中で音楽を聴いているらしかった。
 カップホルダーから飲み残しの缶コーヒーをつまみ、口に運ぶ。甘い液体がゆっくりと喉を降りていく。
 狭い家の中では、どんなにいいコンポを持っていても、大きな音で音楽は聴けない。せいぜいつまみの五分の一も回すことができればいい方だ。それ以上だと、家人から苦情が出る。
 そこで達実は、何年か前から車の中で好きな音楽を聴くことにしていた。街の公園の駐車場はちょうど手頃だった。たとえ音が外に漏れても、近くに民家もない。ほとんど苦情はでない。
 たまにアベックの車がやってくるが、一定の間隔を置いて止まっているだけだ。彼らには彼らの世界がある。
 車には別に巨大なウーハーをつけているわけでもないが、充分すぎるほどの音量で、好きなロックを聴くことはできる。一昔前の車と違って、かなりいい音を楽しめるのだ。MDとCDのおかげだといえる。
 車はもはや、部屋の延長といえた。
 少し長い間があいて、CDが入れ替わる。今や伝説と化したボブ・マーリィの声が、レゲェのリズムに乗って流れ出した。

 ちらちらと灯りが揺れるのが見えた。車のライトではない、なにか弱々しい光。近くに立っている街灯の光とも違う。
 「なんだぁ」
 窓の外を見ると、ステップワゴンの窓から白い光がもれているのが見えた。
 懐中電灯の明かりから、しばらくするとキャンプでよく使うような乾電池式のランタンに変わる。
 どうやら、シートをすべて倒してフラットにした状態で何かを始めたらしい。窓にはフィルムが張ってあるのだが、周りが暗い状態ではあまり役には立っていないようだった。
 中の人物の影が見えた。
 どうやら、ギターを抱えているらしい。楽譜を見るためにランタンをつけているのだ。
 達実はコンポの音を絞ると、ドアを開けて外にでてみた。あの夏の暑さはどこに行ってしまったのだろうと思うほど、空気はひんやりとしていた。
 ドアを閉めると、かすかなエンジンの音と虫の声があふれていた。その中にギターの音を探したが、聞こえてはこなかった。
 空は晴れている。手をかざして街灯の光を遮ると、たくさんの星々が見える。これから空が澄んでくると、もっとたくさんの星が見えるのだ。
 また、煙草に火をつける。
 ふっと煙を吐くと、かすかな風に流れていった。
 ふいに、ステップワゴンのスライドドアが開くと、ギターを持った若い男の子が達実に向かってにっこりと笑った。
 「こんばんわ。煙草の火が見えたもので」

 「いつも、ここでステレオ聞いてますよね」
 若い男は笑いながらそういった。ステレオなどというところを見ると、それほど若くはないのかもしれない。
 「どういったものを」
 「いろいろです。レゲェからアコースティクなものまで」
 うんうんと、男はうなずくと煙草に火をつけた。
 「僕も、なんでも聞きますよ。車じゃないと聞けないし、煙草も吸えない。子供ができると大変です。まぁ、1時間だけ抜け出して好きなものを聞いているんです」
 「なるほど」
 子供がいるとは思えなかった。でも、それで居場所がなくなるのは分かるような気がした。
 「車って、便利ですよね。部屋の延長みたいな点がありますよね。ガソリン代はかかるけど」 
 「どこかに部屋を借りるよりはずっとやすくすみますよ」
 「違いない」
 男は笑いながらうなずいた。
 「どうです。僕の車の中でコーヒーでも飲みませんか。作ってきたんですよ」

 車の中は清潔そうに見えた。フルフラットにしても、座ってギターを弾くことができる。達実は、転がっているギターを見た。
 古いマーチン。飾り気のないモデルのギターだが、雰囲気があった。きっと、いい音で鳴るのだろうな。達実は思った。
 差し出されたカップを受け取ると、車の中に珈琲の香りが溢れた。口を付けると、まだ充分に暖かだった。
 「いつか声をかけてみたいと思っていたんですよ」
 「えっ?」
 男は、自分用のカップに口を付けると、にっこり笑った。
 「あっ、あの人も音楽聞きに来てるって思ったんですよ。でっかいスピーカーをつけてるわけじゃないから、好きな音楽を、ただ好きで聞きに来てるんだろうなぁって思って」
 「そんなところです」
 達実は、素直にうなずいた。
 「友達のところへ言ったり、喫茶店へ行ったり、車ならどこへでもいけますけどね、毎日というわけには行かない」
 「まぁ、そうですね」
 「一人でのんびり音楽を聴いているのもいいけど、時には人恋しくもなる」
 ちらりと男は達実を見た。あなたもそうじゃありませんかといいたげだった。
 「もしかしたら、僕たちはずっとどこかに行きたがっているのかもしれませんね。でも、それがどこかはわからない」
 「ずいぶん詩人なんですね」
 「やっ、こりゃ、どうも」
 男は恥ずかしそうに頭を掻いた。もう少し明るければ、真っ赤になっているのが見えたかもしれない。
 「ギターさわってもいいですか」
 「あっ、どうぞどうぞ」
 話が変わったので、男はほっとしているようだった。
 結局のところ、彼は何を言いたいのだろう。それはわからなかった。きっと、人恋しい夜というものがあって、彼に何かをしゃべらせたのかもしれない。
 達実はギターを手に取った。
 ずいぶんと古いマーチンだったが、音はきれいに伸びていく。バランスもよかった。
 「あっ、その曲いいですね。エリック・クラプトンですよね」
 「ええ」
 「ギターもう一本あればなぁ。あわせられるのに」
 彼も、かなりの腕のような気がした。
 「ありますよ」
 達実は、言った。
 「涼しくなってきたから、昨日から一本つんでるんだ」

 ゆっくりとしたブルースなら、この夜に合いそうだった。
 見上げると月がでていた。大きな月が、白い光を投げかけていた。太陽のようには強くなく、やさしい光だ。この光の下で、ギターを弾くとどうなるのだろう。
 達実はふと、思った。
 新しい居場所が蜃気楼のように、現れるのだろうか。
 二人はBbとステップワゴンの間に座った。アスファルトがしっとりと冷たい。
 ギターの弦をはじくと、透明な音がながれていく。
 ふと気が付くと、暗闇の中にぼんやりと人の姿が見えた。どこからか、ひっそりと人が集まってきていたのだ。
 大きくもない、ただのギターの音に惹かれて。
 多くはアベックだった。
 車の中から、じっと二人のことを見ていたに違いない。なにか面白いことが起こるかもしれないと。みんな行き場のない人達なのかもしれない。
 月の光の中、みんなぼんやりとした顔をしていた。静かな音はゆっくりと流れて、闇の中へ消えていった。
 一つの曲が終わると、ちいさな拍手が起きた。
 「また、ここでやってくれる?」
 かすかに誰かの声が聞こえた。
 それははかないけれど確かな声に聞こえた。
 …………………………………………………………………………………………………………
2000年9月
今回はなにも修正してません。
ああ、こんなこと書いたんだなって感じです。

posted by まっちゃん at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | まっちBOX street | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月21日

未来の子供たちに

安全と言う言葉の重さは変わりました。
その人は云う。
万に一つも事故が起きないと言われていた
親父たちを責められません。
その人は云う。
3.11を知った今では、安全がいかにあやふやで不完全なものか。
その人が云う。
だから3.11以前と同じ意味で「安全」決め付ける人は、
加害者なのです。

ぼくは言葉を飲み込んでいる。
何か、怒りのようなもの。

私たちは未来の子供たちに、なんという物を遺したんだと、
責められるでしょうか。
その人はため息をつく。

僕は眼を閉じる。
荒れ果てた荒野に吹きすさぶ風の中に立ちつくす真っ黒なマントの人を
真っ黒な顔の中で、ぎらぎらとした瞳が見つめる視線を感じる。
僕ははっと息を呑む。
あなたは未来の子供になんと伝えますか。
その人は云う。

posted by まっちゃん at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

風の中に

強い風が吹いてくると

すっくと立ちたくなる

全身に風を浴びて

必死にこらえるのだ


どしゃぶりの雨が来ると

一歩前に進みたくなる

うっすらと目を開けて

バチバチ全身ではじける

雨の痛みをこらえながら

ほんの少し前に進むのだ


「オソロシイホドノ雲ノナガレ
 風ガ 空ヲキリサク音ガキコエル」

時には恐れをなして
家に隠れる日もあれば、雨風をしのぐ日もあるけれど

ああそうだ

戦いのときは すっくと立って

ゆるゆると歩むのだ

戦いのときは すっくと立って

ゆるゆると歩むのだ

posted by まっちゃん at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月18日

ロック

あいつらはやってくる 笑みを浮かべて
善人ぶったその顔の落とす影の中に
死神がいることを 本人も知らない

自分たちの世界で 自分たちの理屈で
さも知った風に
私たちにこう言うのだ
「幸せにしてあげる」死神の言葉で

いつの日が彼らは気が付くだろう
そこに立っているのは自分だけ
いつのまにか
いつのまにか
周りはすべて死に絶え 荒野に立つ
聞こえてくるのは死神のカン高い笑い声
風の中に耳をふさいでも
勝ち誇る笑い声だけ

ああ、だけどオイラは
何も持たぬ身軽さで
エヘラ エヘラと笑ってやる
ガリガリにやせこけた身体と
ギラギラと輝く瞳をもって
ああそうだ、ロックを歌おう



posted by まっちゃん at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。